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2006年08月02日

アカウンタビリティ(説明責任)の欠如

また、悲惨な事故が起きてしまいました。
埼玉県の市営プールで、流水プールのポンプに、児童が吸い込まれて死亡。

この事故では、ポンプの吸い込み口の蓋が外れている、と言う通報が、あらかじめあった、と言うことのようです。
通報を受けた係員は、特になにもしないまま、事故が発生しました。

松下電工の温風ヒーターの問題、シンドラーエレベーターの問題、パロマの温水器の問題…

この問題は根は同じだと思います。
つまり、アカウンタビリティ(説明責任)の欠如です。

アカウンタビリティと言うと、何か、責任追及のために、真実を洗いざらい説明する責任であるかのように言われていますが、

実は…

99%の企業が知らない、アカウンタビリティの真の意味について、今日は書こうと思います。

「法律は、過去に対する責任であり、技術者は未来に対する責任を負っている。」

つまり、責任追及のために、真実を洗いざらい説明する責任、とは、法律上の責任のことです。

説明責任とは、法律上の責任ではありません。

将来、発生するであろう、好ましくない状態を防止する。
未来を、好ましい方向に向ける

このための責任なのです。
そして、説明責任とは、そのために、その事実を事故が発生する前に公表し、被害を防止する、と言う責任です。

今回の事故では、「蓋が外れている」と、通報を受けた、係員は、即座に、全員を水から退避させる処置をしていれば、防げた問題なのです。

アナウンスを流すだけです。

何の、知識も、調査も必要ありません

これを、アカウンタビリティ(説明責任)と言うのです。

関連記事:
http://blog.suzukiyutaka.com/archives/2006/06/post_125.html

投稿者 suzuki : 2006年08月02日 07:42

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