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2006年06月22日

やはり、書かないわけにはいかないだろう

シンドラーエレベーターの問題についてです。
もちろん、私はエレベーターの専門家ではありません。だから、詳しいことはわかりません。
専門家であったとしても、現物を見ていないのですから、技術的にどんな問題があったか、など、わかるはずがありません。
しかし、一応、技術士です。総合技術監理部門と機械部門の。
この事件から明らかになった、製品の安全性と言う問題について、書いてみようと思います。

昨今、製品事故が増えています。
大手自動車メーカーの欠陥隠蔽も記憶に新しいことです。

私の意見では、この問題の根本的な原因は製造物責任法にある、と言うことなのです。

製造物責任法が欧米に比べて甘いのが原因だ、と言う意味ではないですよ。
製造物責任法の存在そのものが、製品安全性を脅かす事態となっているのです。

「あれ?製造物責任法は、消費者の保護のためにあるのでは?」

と思ったあなた、
はい、そのとおりです。
付け加えれば、欠陥商品によって、損害を被った消費者が製造業者等に対する損害賠償を容易に行える、と言うものです。

「それなら、製造物責任法があれば、製品の安全性は高くなるはずですよね?だって、製品事故を起こせば、損害賠償をしなければならないのでしょう?」

部分的にはそのとおりです。
誤解されやすいのは、次の点です。
製造物責任法のある、なしにかかわらず、(不法行為によって)他人に損害を与えた場合は、賠償する責任があります。
製品事故によって人に損害を与える、と言う場合には、設計、製造上の、故意、過失が不法行為と認定されますが、これを一般の消費者が証明することは困難です。一般には設計、製造の書類などは、社外に出ることはありませんから。

そこで、そんなややこしいことは考えなくても、製品だけを見て、そこに欠陥があり、かつ、その欠陥のおかげで事故がおきて、損害を被った、と言う場合には、損害賠償を請求できる、と言うのが製造物責任です。

もちろん、日本の製造物責任法は、欧米のそれと違い、問題の多い法律です。
例えば、欠陥の定義を「通常有すべき安全性を欠く」と言うあいまいな表現としていること、メーカーには、設計、製造上の書類を提出する義務はなく、提訴した後に、求釈明と言う形でしか要求できないこと(しかも、書類そのものは提出する義務はない)、などです。

欧米では、まず欠陥の定義が違います。
欠陥は、「消費者に対する明示の、あるいは黙示の品質を満たしていないこと」と定義されます。このあたり、ISO9001(3.1.2項)と完全にリンクしています。

また、ディスカバリ(証拠開示)と言う手続きがあります。双方が、事前に、「これこれの証拠(書類)を提出せよ」、と求めることができ、拒否はできません。違うものを提出したり、ウソを書いた書類を出したり、あるものをない、と言えば、法廷での証言と同じで偽証罪に問われます。
そして、ここが重要なのですが、製品事故の場合、ここで提出を求める書類は、これもISO9001(2.7項)に言う文書(document)のことです。(documentには、元々「証拠として提出する文書」と言う意味があります。)

東芝が1999年3月に、米国で起こされた、PCの欠陥に対する集団訴訟は、日本では起こりえないのです。
まず、この訴訟で問題となった、FDDの欠陥は、可能性の一部であり、現実に発生することはなく、実際にそのような苦情は一件もない、と言う事実があります。詳しくは、東芝のプレスリリースを参考にしてください。
http://www.toshiba.co.jp/about/press/1999_10/pr_j2902.htm
つまり、この欠陥は、日本の製造物責任法の欠陥の定義にはあてはまらないのです。
アメリカでは、そうなり得る、と言うだけで欠陥になります。(これが、ISO9001(3.1.2項)、明示の、あるいは黙示の品質を満たさない、と言う一つの例です。)
そして、裁判になれば、品質に関する書類は全て提出しなければなりません。莫大な費用と、社内の機密が公になることを考えれば、和解せざるを得ないことになります。

このように、欧米の製造物責任法は、日本のそれとは全く異なったものです。

ですが、目的とすることは同じで、消費者の保護です。
製品の安全性を高めるものではないのです。

むしろ、製造物責任法に過剰に反応して、今回のような事件に発展した、と言えます。

製造物責任法は、迷惑をかけた相手に対する個別の賠償責任であって、製造者の責任はもっと範囲が広いのです。
本来の製造者の責任は、安全で便利な製品を世の中に提供すること、であるはずです。

私は、このことを次のように説明しています。
「法律は、過去に対する責任であり、技術者は未来に対する責任を負っている。」

あれだけの問題を起こしているエレベーターですから、内部の人間は、何も気づいていないと言うことはないはずです。
そのことに気づいて、将来発生するであろう重大事故を未然に防止することが、技術者の責任です。
そして、説明責任とは、そのために、その事実を事故が発生する前に公表し、被害を防止する、と言う責任です。

なぜ、それが出来ないのか?
特に欧米諸国では、事故も発生していないのに、製品の欠陥につながるような事実を公表しようものなら、雨後の筍のごとき訴訟の嵐に巻き込まれるからです。

このことは、先進国の中で、なぜ、日本だけでエイズが蔓延しつつあるのか、ということと似ています。
日本では、エイズ感染者は、社会から差別の目で見られます。
ある役場では、エイズ感染者には、役場のペンを使わせないそうです。
そうすると、人は、エイズに感染したことをできるだけ知られまいとします。
エイズ検査を受けないか、検査の結果が陽性であれば、ひたすら隠します。

アメリカでエイズが収束に向かったのは、マイケル・ジョーダンらの有名人が率先してエイズ感染者であることを公表し、社会がそれを受け入れたからです。
エイズに感染していることを隠す必要はないのです。

話がそれました。
これが、今回の事件を引き起こしたのは、製造物責任法だ、と私が考えている理由なのです。

参考文献
ISOリスクアセスメント―大損しないための技術法務 松本俊次・著
やりたいことをやれ 本田宗一郎・著
アメリカ流裁判のやり方―ドイツ人からみたアメリカの法文化と民事裁判 ペーター・ハイデンベルガー・著

投稿者 suzuki : 2006年06月22日 08:04

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